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2003年5月29日に、この世に生を受けた、まぁく。 常連のお客さんのご近所で3兄弟の真ん中として生まれ、当初、行き先が決まっていたのに、そこの家のお爺さんの、「犬は外で飼うもんだ!」でキャンセルになり、常連さんの「何とかしてくれないか」という頼みで、8月1日に我が家にやってきました。 小さい頃から、先住犬のポッキーやランディと一緒に暮らしていたので、大きい子でも、まったく怯むことのない子で、飼い主が何度冷や冷やさせられたか?? トレーナーさんの指示で首にショックを入れる訓練を繰り返し、脚足で歩くことや呼び戻し、その他、色々できて、、 それでも、他の犬に対しての厳しさは、どんどん酷くなって行く感じで、服従訓練は出来るのに何で?? 自分が甘いのか?なんて悩み ベベのトレーニングで知り合ったハーネスとロングラインに出会ってからは、相手の犬を見て嫌なら近づかない、大丈夫なら挨拶する、相手が無礼に近寄ってくると、教育的指導を入れたり、、、 7歳の時に、肥満細胞腫ができ手術を行い、その後グリペックの投与で完治し、今まで頑張ってきました。 3歳半の時に、ベベを迎え、手下のように、時にぶつかり怪我をしたことも。 5歳で康介を迎えてからは、康介の監視役のように、教育的指導を 10歳になり幸とエリーが来て、その子達に遠慮する、良き兄貴としての風格も出てきたり この度、まぁくが旅立つにあたり、飼い主として、悔やまれる事が幾つもあります。 半年くらい前から、僕が横になっていると、顔の前に座り前足で催促するようになりました。 胸前を撫でてやると気持ちよさそうに、疲れて止めるとまた催促して、そんな繰り返しも、僕が寝たふりをすると諦めたり、幸が割り込んでくるとすっと身を引いて、、、 他の子が僕の周りにいない時に、良く来るので、まぁくも甘えたいんだなぁと思っていました。 もうすでに、この段階で、まぁくは胸に違和感があったのかもしれません。 4月になり気候が良くなると、散歩はママと行くようになり、ママと山菜を採って来たり、ママと歩いている時の方が、心なしかゆったり歩いているような、ママのペースに合わせているんだろうか??何て。 少し熱くなってきてママが朝、花壇や畑の水やりをしなくてはならなくなり、散歩は今まで通り、僕と行くようになり6月にヘルニアになってから、また、ママとの散歩が復活。 この頃から、散歩のコースが短めになってきて、たまにすぐ帰って来たり それでも、僕と行くと、普通のコースを歩くし、ママ、嫌われた??、、、歳もとってきたし、熱くなって来たからなぁ?とかそんな風に思っていただけで この時に散歩が短くなったことに、疑問を持てば、、、 6月半ばからマーキングをするようになり、精神的な事が一番だからと、まぁくを1番に散歩に連れ出すとマーキングも、すっかり治り まぁくの、「僕を見て」というサインだったようにも思います、それにも気づけませんでした。 長岡花火で獣医さんが休みの3日の日に散歩の時、ふらふらとして倒れ、すぐに回復したので、いつもの癲癇発作かなぁと4日の夜になり咳をしだし、5日の朝、病院へ ここで、誤嚥と診断され、薬を処方され、6日には咳も激減、このまま回復してくれると思っていました。 一応、ネットで誤嚥を検索、 誤嚥性肺炎という見出しを目にするも、仕事が入り後で見ようと、そのまま読まずに、、 7日の朝、4時半くらいに目を覚ますと、まぁくの呼吸が少し荒いような?? その時は、そう思っただけで、睡魔にまけウトウトと 6時にママが起きてきて「まぁくの呼吸が荒いねぇ」と その時も、こんな事になるとは思わず、「先生を起こしてまでじゃないよねぇ、今日は仕入れに行かずに、病院へまぁくを連れていくよ」という事にし、他の子達の散歩へ この時に、先生を叩き起こす気で、まぁくを連れて行っていたら、助かっていたかも、、、 7時半頃、みんなで、ご飯を この時、まぁくがご飯を食べず、「薬だけでも飲まそうか?」と ママが、「医者に行くんだから無理やり飲ませなくても」という事で、飲ませず。 もし飲ませていたら、結果が違っていたかも、、、、 みんなのごはんの後、裏庭へトイレに出す それぞれ、用を足し戻って行く子と、庭で草を食べている子 最後に、まぁくと幸が残り、病院へ行かなければならないので、まぁくを呼びに まぁくが、さっきと同じ位置に、まさしく突っ立っているという感じに「あれ?」と思い迎えに しゃがんで「まぁく大丈夫?」と聞くと、僕の膝の上に飛び乗り、その時に、小さなうん@が1つあり、それを取り、そのまま抱いてリビングへ ここで、まぁくを降ろし、草を食べている幸を迎えに 幸をリビングにいれ、まぁくのうん@をトイレに流しに この時に、座敷の毛布の上で、気持ちよさそうに寝ているまぁくと目が合う 座敷に戻り、まぁくに「大丈夫か?」と声をかけ「爪が長くなったなぁ」と言いながら爪を触る、、、、 いつもなら、手を引っ込めたりするのに、その素振りがなく、慌てて「まぁく大丈夫か?」と声をかけて抱き上げると、全身の力が抜け紫色の舌が口から垂れ、、、、 無我夢中で玄関へ、 そのまま、飛び出そうと思ったが、シャワーを浴びてる、ママに「まぁくが死にそうだ」と声をかけ病院へ まぁくを抱えて、心臓マッサージをしながら「頑張れ、まぁく!」と何度も呼びかけ、「男だろ、もうちょっと我慢しろ!」とか叫びながら, 普通に行けば6.7分の所なのに、やけに長く感じ、、 途中で鼻から泡の様なものを吐き、続いて口からも、、、血も交じっていました。 この時のまぁくの気持ちは「今頃になって、何ががんばれだ!、俺様はずっと前から、この小さな体で我慢してたんだぞ、今更、何言ってんだ、もっと早く気づけ、バカ飼い主目」とでも思っていた事でしょう。 運良く病院に付くと、そこのすでに先生が、すぐに酸素マスクをはめ、蘇生開始 30分くらい蘇生しましたが、残念ながら、もう、まぁくには、力が残っていませんでした、今まで我慢してきた分、余力がなかったのかもしれません。 もっと前に気づいてやっていれば、助かったかもしれません、、、、 バカな飼い主の無知が招いた死だったようです。 まぁくは、12歳のチワワです、自分たちは勝手にチワワだから15歳は楽に生きるよね、ポッキーより早く死ぬわけないよね、とラベル貼りをしてしまっていました。 トレーニングに置いても、自分の犬にラベルを張らず今の、その子を見るように、と言われていますが、つい先日までの、まぁくの元気な姿から、考えられませんでした。 ランディを亡くし、たまやベベを亡くし 、何年、動物と暮らしているんだ!俺様の最後の教育的指導だ、しっかり頭に叩き込んでおけよ、バカ飼い主という声が聞こえてきそうです。 まぁく、本当にごめん、バカな飼い主じゃなかったら、もっともっと長く生きられただろうに。 今度は、もっと勉強するから、また、いつか戻ってきて、、、、、頼んだよ、まぁく。 |
Author:まぁく2